自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【236冊目】雫井脩介「火の粉」

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)

元裁判官の家族の隣に、かつて無罪判決を下された男が引っ越してくるという話である。冒頭から中盤あたりまででたっぷり描写される家族模様と、そこに徐々に入り込んでくるその男の存在の描き方が上手く、その勢いで最後まで一気に読みきってしまえた。特に、解説でも指摘されているが、家庭の女性の造型やちょっとした振る舞いの描写、心理描写が気味悪いほど上手い。逆に男性人は一貫して頼りない。その頼りなさをなかなか克服しきれず、結局、この小説そのもののクライマックスを(個人的には)いまひとつ煮え切らないものにしてしまっているような気がする。

さらに人物造型で特筆すべきは、やはりこの隣人、武内真伍の存在である。あまり書くとネタバレになってしまうのだが、善意の人の怖さというのは確かに存在するのであって、それに比べれば悪意なんてものはたいして怖くないのである。善意の怖さというのが実はこの小説の一番のキモだと思うのだが、こういうことは日々の人間関係で実感はしていても、なかなか小説などにはなってこない。そこに着目したところがこの作者の炯眼であろう。

ただ不満も少々。ここまで来るとかなりネタバレだが、ミステリー仕立てであるし、「最後まで読者の予想を裏切り続ける」とか書いているから「意外な結末」をかなり期待しながら読んでしまったのだが、結局は実にストレートというか、途中からはほぼ一直線の展開。まあ半ばサイコサスペンスであるからこれでよいのかもしれないが、宣伝文句とはちょっと違うぞ、という感じであった。また、クライマックスも個人的にはあまり納得できまへん。これじゃ結局、間に合ってないお父さんが最後まで間に合ってなかった、というだけであり、これならずっと闘って来た女性陣に勝負をつけさせてあげたほうが良かったかも。まあ、当初の「判決」の始末を裁判官自らつけたということなのだろうが、それでもああいう終わり方はあまり好きではない。好みの問題なんだけどね。