自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【181冊目】養老孟司・内田樹「逆立ち日本論」

ユダヤ人、アメリカ論、全共闘、教育論や少子化論まで、くるくる変わる話題の中に日本と世界をめぐるエキサイティングな議論を織り込んだ、絶妙の対談である。

もともとは、内田氏の「私家版・ユダヤ文化論」に対する養老氏の批評がきっかけになっているらしく、前半部分はユダヤ人論が中心となる。「ユダヤ人」とは何かについて積極的な定義がないということを、私は内田氏の説明で初めて知った。ユダヤ人を定義するには、「ユダヤ人ではないとはどういうことか」という方向からの消極的な説明によらざるを得ないという。また、ユダヤ人差別がユダヤ教と近縁関係にあるキリスト教圏やイスラム教圏においてもっとも激しく、インドや中国などでは逆にユダヤ人は離散して地域に溶け込んでしまっているという点も面白い。微妙な差異こそが最も苛烈な差別と攻撃を生み出すというこの現象は、なんだか日本の学校のイジメや民族差別を思い起こさせるものがある。

また、日本をめぐる議論の中では、アメリカとの関係についての部分が目から鱗。そもそもペリーの黒船以来、日本とアメリカは一筋縄ではいかない屈折した関係にあるという。それが暴発したのが太平洋戦争であるともいえようが、その結果は悲惨な敗戦であり、日本人はさらに強烈な抑圧を受け、日本人のアメリカに対する反発や怨念は、心の奥底でどす黒くくすぶっている。そのため、そのうちそれが噴出したときには、すさまじいアメリカ・バッシングが起きるのではないかと著者らは予言する。確かに、日本人のアメリカに対する思いは非常に抑圧的でねじくれた複雑怪奇なもので、それをわれわれはふだん、意識の外側に追いやって気づかないようにしているのかもしれない。

ほかにも話題は変幻自在、縦横無尽に変転するが、さすが今の日本を代表する知性と毒舌の二人であるだけに、その切れ味とユーモア、話題の自在な広がりと掘り下げは見事である。養老氏は「“高級”漫才」と本書を評したそうであるが、まさに言いえて妙。通り一遍の日本論とは次元を異にする内容である。