自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【178冊目】孔子「論語」

論語 (中公文庫)

論語 (中公文庫)

儒教の始祖、孔子の言行を門下生たちが書き留めることによって生まれた究極の古典である。個々のパーツの中にはどこかで見たことのあるものがちらほら見られるが、実は、通読する機会はこれまでなかった。おそらく、断片的に知ってはいても全体を通して読んだことはないという方が大部分なのではないだろうか。

しかし通読することによってわかることもある。まず、広く知られている孔子の言葉の多くはかなり抽象的で漠然としているイメージがあったが、読んでみると結構具体的で生々しいものが多い。また、本書は短い断章仕立てであるうえ、前後の連関もほとんどないのだが、それでも通して読むことによって、孔子という巨人が何を思い、何を大切にしてきたか、その愚直なまでにまっすぐなメンタリティと、意外に情熱的で行動力に富んだ未曾有の人格が見えてくるのである。

個々の言葉について、感じたことや考えたことを書き出すときりがないのだが、ひとつだけ挙げると、「依らしむべし、知らしむべからず」という言葉が出てくる。封建的な統治手法として批判的に取り上げられることが多いように思うが、そもそも論語に載っている言葉であること自体、全然知らなかった。しかもその解説は「人民を従わせるのはやさしいが、その理由を知らせるのは難しい」となっている。この言葉は、一般には「理由を知らせる必要はない」という意味合いで使われることが多いが、オリジナルである(と思われる)論語とは、この解説が正しいとすれば、百八十度違う意味で使われていることになる。

もっとも、本書の解説がすべて正しいともいえないのが、論語に限らずこうした「超古典」の悩ましいところである。ひとつの言葉にいくつもの解釈が成り立ったり、当時は通用していたが今となっては意味が分からないということもある。だからこそ、同じ論語というテクストを土壌として朱子学陽明学など多種多様な思想の枝が分かれ、あるいはそれと反発しつつ、さまざまな思想東洋思想の巨大な体系が立ち上がってきたのであろう。

孔子は「述べて作らず、信じて古を好む」と言い、自ら語る言葉のオリジナル性を明確に否定する。そのかわりに孔子が準拠しているのは尭舜の時代、賢王によって統治された古代王朝の価値観である。孔子が「礼」や「楽」を重んじるのも、こうした古代王朝の価値観に拠るところが大きいと思われる。しかし、その「述べて作らず」という姿勢の中に、その後の東洋思想の源流をかたちづくった大いなるオリジナリティが潜んでいることを思うと、思想とは何か、哲学とは何かを考えさせられる事例である。