自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【176冊目】A・ギデンズ「第三の道」

第三の道―効率と公正の新たな同盟

第三の道―効率と公正の新たな同盟

いわゆる「右」と「左」の対立関係は、冷戦を経てだいぶ様相が変わり、今では「新自由主義」と「社会民主主義」の争いとなっている。本書はその特徴を概観したうえで、そのいずれにも与さない「第三の道」の可能性を示すものであり、ブレア政権の政策形成を理論面で支えたといわれている。

前半で新自由主義社会民主主義について簡単にまとめられているが、両者の特徴をきわめて的確に捉えており、これだけでも非常に面白い。格差社会社会保障理論から伝統的・保守的社会への回帰まで、日本で論じられている政治的議論のほとんどがこの要約の中におさまるものであり、特に近年の政治的方向性が明確に「新自由主義」に向かっていることがよく分かる。なお新自由主義者は、市場に対する政府の介入を抑制しようとする一方、伝統の墨守を唱え家庭や教育、地域社会には平気で口を挟み、遠慮なく介入しようとするのだというが、まさに今の日本はそうした状況である。また、二大政党制といいつつ、民主党自民党ときわめて近い新自由主義的スタンスに立っていることも、本書の議論を通じて確認することができる(もっとも、本書自体は日本の政治について、直接的には何も語っていない)。

本書によれば、新自由主義社会民主主義がもっとも対立するのが、福祉社会をめぐる議論であるという。前者は福祉セーフティネットと位置づけるのに対し、後者は福祉の一般化と充実を最優先とするためである。そして、本書ではこれらに対する「第三の道」として、人的投資の重要性を説き、単なる給付による福祉ではなく、教育や参加による福祉の充実を説いている。他にも、グローバリズムへの対応についても論じられており、国家の枠組みを超えた活動の可能性が指摘されている。

第三の道」におけるひとつのキーワードが「包含」と「排除」である。第三の道においては、できるだけ人々を社会から「排除」せず、そのメンバーとして「包含」することが重要であるというのである。また、単に金銭的な給付の充実を目的とするのではなく、地域コミュニティやボランティア的活動等を通した実質的な充実を目指しており、いわば「政府」と「市場」という二者の綱引きとして論じられてきた右派と左派の関係に、市民社会という第三のアクターを登場させることで新たな展開を図っているといえる。本当に本書で示された処方箋が右派と左派の歴史の長い対立関係を止揚できるのか、その判断は政治の実践に待つしかないのだろうが、少なくとも一つの大きな可能性を示した注目すべき議論であることには間違いないであろう。