自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【158冊目】倉橋由美子「城の中の城」

城の中の城 (新潮文庫)

城の中の城 (新潮文庫)

本書には、前作として「夢の浮橋」があるらしいが、本書単独でも十分楽しめる。物語は、主人公である「桂子さん」の視点から、夫のキリスト教への改宗を軸として進んでいく。

「桂子さん」(本書では主人公の名前が「さん」付けで呼ばれ、他の登場人物も呼び捨てで呼ばれることはほとんどない)の宗教に対する考え方は、冒頭におかれた「人間の中の病気」というモノローグの中ですでに明らかにされている。宗教は人間にとって「精神の病気」であり、しかも患者自ら周りの人間を患者にしようと(つまり入信させようと)するというたちの悪いウイルスであると「桂子さん」は明言する。

しかしあろうことか、その夫が桂子さんに内緒でキリスト教に改宗してしまったことから、夫婦間がややこしくなる。とはいっても、正面きっての夫婦喧嘩となるわけではない。桂子さんは、あくまで夫を論破することによって棄教させようとするのである。その背景には、夫婦いずれ劣らぬ教養と知性の高さ(といっても、桂子さんのほうが数段上手という感じもするが)に裏付けられた、ぶざまな夫婦喧嘩をすることを許せないプライドの高さや、特に桂子さんのほうの、やわらかな物腰の裏にある誇り高さ、女としての矜持があるように思われる。

こうした主人公の造型だけでも見事であるが、さらにその微妙な心の揺れ動きや、何気ない日常の描写に、実に細密で繊細、味わい深いものがある。夫婦の周りに登場する人々もなかなか一筋縄ではいかない連中ばかりであり、人物造型力が並ではない。

それにしても、桂子さんの子供二人の大人びた様子も現在では考えられない。6歳と5歳なのだが、その言動も心情も今であれば小学校高学年レベルであろう。この小説が書かれた頃の子供は、こんなに大人びていたのだろうか。