自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【145冊目】オルテガ・イ・ガセット「大衆の反逆」

大衆の反逆 (中公クラシックス)

大衆の反逆 (中公クラシックス)

大衆社会と国家を縦横に論じる、20世紀前半を代表する知性の一人であるオルテガの代表的著作である。

原著は1930年の刊行らしいが、その後のファシズム共産主義、さらにはEUによるヨーロッパ統合の動きをおそろしいほど的確に予測し、予言している。さらに、本書で論じられた大衆社会の到来と隆盛は現在も十分に通用する内容であり、むしろ現代よりも先を行っている感すらある。

本書で描かれている「大衆」は、近代市民社会の到来によって宿命的に生まれた存在として位置づけられている。彼らはこの社会においては、まぎれもなく「主人」であり「王様」である。それも、それに値するだけの教養も見識もないまま、その地位だけが法外に引き上げられてしまった結果だ。彼らは自らがこの世界の「主人」たるべき十分な能力や知見を有していないという自覚がなく(ソクラテス的に言えば「無知の知」を欠き)、安易な享楽と即物的な欲望に動かされ、その法外な地位に伴う権利のみを行使して義務(いわゆるノブレス・オブリージュ)を負うことはせず、真に能力のある優れた人々の指導に従うどころか彼らを排斥し、放逐しようとする(これをしてオルテガは、真の指導者層に対する大衆の「反逆」と言った)。

こうした「大衆」のありようを読む限りでは、彼らはまったく度し難い存在であり、わがままな子供のような連中であると思えてくる。しかし、その姿は実は鏡に映ったわれわれ自身の有様であり、1930年代のスペインを描いたものではなく、現代の日本を描いたものとすら見えてくるのがこの本の恐ろしいところである。思うにオルテガは、近代の生成の過程で必然的に生まれてしまった鬼っ子である「大衆」が、まさしく必然の結果として近代市民国家を破滅の淵に追いやろうとするのを見るに見かねて、本書によってするどい警告を発したのではないか。しかし、大衆がオルテガの定義するとおりの無自覚的に愚昧な存在であるがゆえに、その警告は耳に入らず、ナチズムや冷戦をはじめとしたさまざまな「20世紀の愚行」を引き起こしたのだとすれば、オルテガの努力はまさしく皮肉な結果に終わったといえる。いずれにせよ、まさに名著の名にふさわしい、痛烈な筆致で描き出された見事な社会論・国家論である。