自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【124冊目】隆慶一郎「吉原御免状」

吉原御免状 (新潮文庫)

吉原御免状 (新潮文庫)

「吉原」という一種のアウターゾーンを舞台に、宮本武蔵を師として育った青年剣士の活躍を描いた時代小説。

隆慶一郎は面白いといろんなところで見聞きすることが多く、気になる作家だったのだが、読んでみたらべらぼうに面白い。時代小説独特の堅苦しさや厳密性にとらわれず、虚実取り混ぜた独特の解釈で吉原という異世界を描ききっている。柳生一族との戦い、忍術や妖術などのアクション、吉原の花魁との「からみ」も取り入れ、サービスも満点である。

しかし、そうした面白さだけにとどまらないのがこの作家の凄みである。中盤以降、本書は吉原の成り立ちをたどっていくことになるのだが、そこで重要な役割を担うのがいわゆる「道々の輩」、すなわち傀儡子、遊女、山伏などの漂白の民である。彼らは一種の芸能集団であり、中世の日本にあって、その芸を披露しながら自由に諸国を放浪していた(前にこの読書ノートでも取り上げた網野善彦氏の著書が、その態様を活写している)。しかし、徳川幕府は彼らを統御するため差別という方法を用い、身分制度の最底辺に組み込んで人々に根深い差別意識を植え付けたという。いうまでもなく、これが現代にまで消えずに残る被差別部落のルーツ(のひとつ)である。こうしたテーマを正面から扱い、小説の核に組み込んだこの作家の覚悟と力量には、まったく頭があがらない。

あまり書くとネタバレになるのでほどほどにしておくが、他にもいわゆる貴種流離譚徳川家康の影武者説、明智光秀生存説などの仮説を大胆に取り入れる絢爛豪華さの一方、戦闘描写や心理描写は実に奥行きが深く丁寧であり、独特の説明口調は、隆慶一郎節というべき独特の個性を感じさせる。すぐれた時代小説というだけではなく、すべての小説をひっくるめた中でも上位に位置する傑作小説といえよう。