自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【122冊目】佐藤正午「Y」

Y

Y

タイトルの「Y」は、Y字路のY、分岐点のYである。その分岐点とは、時間の分岐点。本書は、過去に戻ることのできた男と、それにかかわりをもった男の、「異なる時間の流れ」にあるふたつのパラレルワールドの話である。ある列車事故(描写がなまなましく、例の福知山線の事故を思い出してしまうが、本書はそれより前に書かれている)によって人生の暗転した男が、ふとしたことから時間を遡行できるようになり、事故の時点に戻って「やり直し」を試みるというのが、いわば大筋となる。

本書の主眼は、タイムトリップによって、過去のある時点を境に二通りの時間軸で人生を送った人々の面白さである。「過去を変える」ことによるタイムパラドックスは、もともと面白いネタが作りやすいところなのだが、本書の良さはそれに頼り切るのではなく、タイムパラドックスを背景に人間ドラマを作り上げた筋立てのうまさだと思う。前半は、主人公のいる「現実の社会」と、過去に戻ることのできる男が自分の経験を書き残したフロッピーディスクの、いわば「もうひとつの現実の社会」が二重進行していく。SFチックで、なかなかスリリングなストーリーである。それが次第に融合し、「書かれていない部分」が姿を現す後半はミステリー小説的な色合いが強く、最後まで一気に読ませる。

難を言えば、会話が特にそうなのだが、どうもぎこちなく技巧的な感じがする。気取ったセリフも多く、個人的にはけっこう鼻についた。はっきりいって描写や会話の上手い小説とは思えない。しかし、それにもかかわらず最後まで読み通させるストーリーテリングの「勢い」があり、しっかりした構成力があるのが良いところだと思う。