自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【119冊目】平田オリザ「芸術立国論」

芸術立国論 (集英社新書)

芸術立国論 (集英社新書)

劇作家の目から見た芸術行政論である。

タイトルはなかなか気宇壮大だが、中身は基本的に、いたって地に足の着いた現実的なものである。演劇という著者の専門分野にひきつけて具体的に現状の芸術行政・文化行政の問題点を整理しているが、その射程は演劇以外の芸術全般に及ぶ幅広さをもつ。

本書では、基本的な視点は芸術を享受する一般市民の側に置かれている。現在の社会において、芸術は人々のストレスを和らげ、創造性を養い、精神的に豊かな生活を提供してくれる。そして、国民はそもそも日々の生活の中で良質の芸術に触れ、その恩恵を享受する権利を有し、その実現につとめることは国の義務であると著者は主張する。そのため、国家は福祉や環境、経済問題と同等以上の意識をもって芸術行政や文化行政に取り組むべきであるとされる。

確かに、日本の芸術行政の水準はどう見ても決して高いとはいえない。そもそも芸術や文化を専門に担う「省」がない。文化庁は教育行政をつかさどる文部科学省の傘下にあり、そのため、芸術は教育のための手段的な意味合いしか与えられていない。しかし、著者が主張するように、芸術は教育のために役立つ側面もあるが、それ以外にも独立の役割をもつ存在であるはずだ。それが教育行政の下位的位置づけしか与えられていないことは、国の文化軽視、芸術軽視のあらわれにほかならないといえる。

もちろん国が関与をすればよいというものではない。むしろ他の行政分野と同様、国の官僚が余計な事をするとかえって芸術活動がスポイルされてしまうと思われる。しかし、コトは国の関与のあり方以前の問題である。芸術・文化のほかに経済、福祉、環境等のさまざまな課題がある中で、国家としてのプライオリティをどこに置くかということは、政治や行政における価値観の問題、ひいては国家のあり方についての哲学の問題であるはずだ。もっとも、「票にならない芸術にはリソースを投じない」日本の政治や行政に、まともな哲学を期待するほうが無理なのかもしれない。