自治体職員の読書ノート

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【101冊目】D.バレンボイム/E.サイード「音楽と社会」

バレンボイム/サイード 音楽と社会

バレンボイム/サイード 音楽と社会

ユダヤ人の音楽家」バレンボイムと、「パレスチナ出身の思想家」サイードの、6回にわたる対談を収録した本である。

両者の出自からして、中東問題が話題の中心になりそうだが、対談の核となっているのは、バレンボイムの本業であり、サイードも造詣の深い「音楽」である。そして、音楽を軸に、話題はグローバリズムや歴史問題などさまざまに及ぶ。というより、音楽の中にあるそうした「世界性」「歴史性」が、対談の中であぶりだされるのだ。音楽のもつ奥深さと多面性である。また、話題は音楽そのものの深みにまで降りてゆく。サウンドと静寂について、さまざまな作曲家について、多彩な議論が展開されるが、特にベートーヴェンについての考察が深い。

そして、おそらく本書の白眉と思われるのは、「イスラエルワーグナーを振る」というバレンボイムの思いについての議論である。対談の中では、それを断念したバレンボイムの思いが述べられるが、巻末のサイードの文章には、その後、実際にバレンボイムイスラエルワーグナーの演奏を敢行した時の様子がまざまざと描かれている。音楽と歴史の不幸な関係を象徴的に示すみごとな実例といえる(ワーグナーヒトラーが愛好し、ナチス・ドイツによって政治的に最大限利用されたため、多くのユダヤ人にとっては「禁忌」の存在となっている。アウシュビッツのガス室に送られるユダヤ人たちの頭上には、ワーグナーの歌劇「ニュルンベルグマイスタージンガー」が流されていたという)。そして、過去のナチス・ドイツとユダヤ人の不幸なかかわりは、そのまま相似形として、現在のイスラエルパレスチナの関係と二重写しになっていることが示される。

本書は音楽論であり、社会論であり、文明論である。稀有の音楽家と稀有の思想家がその思いを縦横に語り合った、重く深い、しかし音楽好きにはたまらない一冊といえよう。