自治体職員の読書ノート

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【88冊目】宮部みゆき「誰か」

誰か Somebody (カッパノベルス)

誰か Somebody (カッパノベルス)

久しぶりに宮部みゆきの小説を読んだが、やはり、凄い。

たいした事件が起きるわけではない。主人公は、義父に頭があがらない平凡なサラリーマン。被害者は自転車にぶつかって死んだ老運転手。しかし、その地味といえばこのうえなく地味な設定で、これだけの枚数を一気に読ませるのは、やはり並大抵ではない。

謎解きまでの構成、情景描写、心理描写など、すべてが高い次元で噛み合っているが、特に見事なのは人物造型である。ちょっとした脇役に至るまで、ひとりひとりの人物が、実際にそこにいるかのような奥行きと温かみを持って描き出されている。特に子どもの描き方において、私は宮部みゆきに勝る名手を知らない。しかも、その中で最も強い存在感をもって描き出されているのは、死んだ老運転手なのである。死者という物語の中心にぽっかり空いた空洞が、もっとも鮮やかな光を放っている。

われわれの多くは、平凡でつつましい、穏やかな日常生活を生きている。しかし、それは実は、暗く恐ろしい世界と、薄皮一枚へだてて背中合わせでつながっているのである。そのことを大人たちは成長の過程のどこかで知り、しかし無垢な子どもたちにはそれを知らせまいと、必死で、その薄皮に開いた穴をふさいでいる。そんな大人を、宮部みゆきはよく描く。だから、小説の後味は決して100パーセントのハッピーエンドではなく、人生のほろ苦さを含んでいる。そういうほろ苦さを噛み締めながら、まっすぐにまっとうな道を歩むのが人生だ、と語りかけるように。