自治体職員の読書ノート

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【79冊目】芥川龍之介他「大東京繁昌記 下町篇」

関東大震災からわずか4年後の昭和2年、震災前後の東京を主題として、東京日日新聞紙上で編まれたアンソロジーの復刊であるが、著者のラインナップがとにかくすごい。芥川龍之介泉鏡花北原白秋田山花袋、岸田隆生(これは画家)など、当代随一の書き手が名を連ねている。また、本文に匹敵する迫力で当時の様子を伝える挿画もたっぷり盛り込まれて、最高の文章と最高の画が、当時の本所、深川、浅草、日本橋、銀座などの風景を鮮やかに描き出している。なお、姉妹編に「山手篇」もあるらしい。

白秋はやや例外的だが、本書全体に共通するトーンは、震災前、特に明治時代の東京を「古き良き時代」として懐かしく思い出すというものであり、明治から大正にかけての東京の様子を、昭和2年という「現在」と引き比べて評している。したがって、平成に生きるわれわれは、今現在と本書の中の「現在」である昭和2年、さらにはそこから回顧される明治の東京という3つの時代を重ね合わせることができる。そのありようが良くも悪くも大きく変わっているのは当然だが、面白いのは、失われたものが多い中に、明治から現在まで残されたものもまた少なくないということである。日本橋のフォルム、浅草寺仲見世、大川(隅田川)をまたぐ橋、亀戸天神の太鼓橋、銀座に並ぶ老舗の店構え等、その例は枚挙に暇がない。そのあたりに時代が変わっても守るべきものは守り続ける下町の心意気が伝わってくる。下町をある程度知る人なら、当時から何が変わり、何が変わらずに残ってきたのか、実感をもって知ることができるだろう。

それにしても、本書の懐旧的なトーンは、なんだか昭和30年代(昭和2年当時から比べれば想像もつかぬ未来都市になっているだろう)をもてはやし、懐かしむ昨今の風潮とまるで同じである。まことに昔から変わらず、過去は現在の礎となり、その過去も、さらに昔の時代のたくさんの良きものを踏み潰し、礎として成り立っていたのだなあと思わざるを得ない。ノスタルジーとは、その意味では現在の犠牲となって今を支えるものたちへの、一種の追悼なのかもしれない。