自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【54冊目】アマルティア・セン「貧困の克服」

貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

貧困の克服―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)

アジア初のノーベル経済学賞受賞者であるセン氏が各地で行った講演の内容をまとめた本。

著者の肩書きは経済学者だが、本書の内容はいわゆる経済学の範囲に収まるものではない。著者は、「貧困」への処方箋、著者の持論である「人間の安全保障」の実現について、経済学、社会学、政治学、哲学などの知見を見事に編み上げながら迫っていく。その背景にあるのは、知識の豊かさもあるが、それ以上に複雑な事象を解き明かす並外れた知性と、人類への根本的な信頼という、哲学者としての著者の信念であるように思われる。

「民主主義が成立している社会が、本格的な飢饉に見舞われた例はない」。この認識が著者の思想の根幹にある。すなわち、一般に自然現象の結果として捉えられがちな飢饉という事象を、著者は、食物の分配方式や弱者への配慮という政治機能の結果と見る。貧困についても同じである。当事者が単に「恩恵を受ける者」ではなく「政治に主体的に関与する者」であること、いいかえれば、当該政治機構において民主主義体制が確立していることが、貧困を克服する道である。そのことを、著者はさまざまな角度から繰り返し主張する。

ODA等のいわゆる途上国援助のあり方が近年見直され、政治の民主化が重要なテーマとして掲げられる事が多い。いわゆるグッド・ガバナンスであるが、本書を読んで、その重要性を再認識できた気がする。著者の深い知性と温かい人間性の感じられる好著である。