自治体職員の読書ノート

読むために書くのか、書くために読むのか。

【31冊目】村上龍「空港にて」

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)

コンビニ、公園、カラオケルームなど、日常的な場所などにいる登場人物の心象をつづった短編小説集である。

登場人物にはなにか具体的な事件が起きるわけではない。それどころか時間軸そのものすらあまり動かない。にもかかわらず、全編を通じ、ぴんと張った糸のように緊張感がとぎれないところが凄い。

そのテンションは、おそらく登場人物の中にある、日常に対して安易に寄りかからない緊張感(と、それを的確かつ高密度に描写する村上龍の筆力)に由来するように思われる。

本書に限らず、彼の小説に主人公的な役回りで登場する人々の多くは、こうした日常、ひいてはみずからをとりまく日本社会に対する強い違和感や絶望感を帯び、その人にしかなしえないやり方でそこから離脱しようとしている。

その過程を、村上龍はさまざまな小道具や具体的なエピソードをたくみに使って独特かつ正確無比な文体で描写してゆく。その手際はまさに名人芸である。 白眉はやはり、表題作の「空港にて」であろう。すべてのパーツが寸分くるわず精妙に組み合わさり、まさに完璧な短編小説となっている。

特にパラシュートで義足が投下されるイメージは鮮やか。日本社会からの脱出といい、舞台は空港というから海外へ行くのかと思えばさにあらず、熊本であるというところがまた、村上龍の油断のならないところである。