自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【23冊目】乙川優三郎「霧の橋」

霧の橋 (講談社文庫)

霧の橋 (講談社文庫)

侍の子にうまれ、殺された父の仇討ちを果たした後、運命のいたずらで商人となった男を主人公とした時代小説であり、第7回時代小説大賞を受賞している。

時代小説といっても、かなり緊張感のあるスピーディな展開で話が進んでいく。中心となっているのは、「商人」としての主人公が巻き込まれる商人同士の攻防であり、現代のM&Aを思わせるような仁義なき戦いはなかなか読みごたえがある。また、その背景にはかつて果たした仇討ちをめぐる「侍」としての主人公のドラマがあり、このふたつがいわば二重構造となっているところに面白みがあるように思う。ラストの情景描写もなかなか印象的であり、作者の力の入れようがうかがえた。

ただ、気になった点がいくつか。まず「視点」のブレである。ほとんどは主人公の視点でストーリーが進み、読者は主人公の思いを共有しつつ読み進むわけだが、それが最後のほうで突然妻の「おいと」の視点になる場面がある。それによって何らかの効果を出したかったのだと思うが、作者の都合で安直に視点を変えたように思え、かえって興ざめであった。冒頭部分でもそういう場面があったが、これはやめてほしい。しょっちゅう視点が変わるならそういう趣向の小説と思って読むのだが・・・。

また、「商人」のほうの決着の着け方であるが、これも唐突であった。伏線もなんにもなしで突然巴屋の過去の取引がどうのこうのといわれても困る。それまで期待をもたせて引っ張っただけに残念。こういうのをご都合主義というのではないのか。

ほかにも時代小説なのに登場人物の頭の中や会話内容がどう考えても現代人であったり(カタカナを使わなければ時代小説というわけではないでしょう)、いろいろ気になるところがあり、正直あまり高く評価はできない。世間ではなかなか高く評価されている作家のようだが、この一作を読む限り、私には合わないと思った。