自治体職員の読書ノート

自治体職員です。仕事の関係上、福祉系が多めです。読書は全方位がモットー。

【14冊目】本谷有希子「ぜつぼう」

主人公の戸塚は元芸人。以前はテレビでさんざんもてはやされたが、今はまったく相手にされず、薄暗い六畳間で在宅ワークによって生計を立てている。しかも不眠で2年ほどまともに寝ていない。そんな彼がひょんなことから田舎の小さな村に行き、シズミと名乗る不思議な女と同居して農作業を手伝う日々を送ることになる。

戸塚の暴走気味で自意識過剰な鬱屈した心理と、周囲のシュールな展開のコントラストが面白い。そしてその中で、戸塚は実は「絶望している」のではなく「絶望していなければいられない」、いわば絶望に依存していることが分かってくる。一見異様な心理状態にも思えるが、身に覚えがないわけじゃない。

「病気であること」「不遇であること」「貧乏であること」などにかえって固着し、それに寄りかかって生きるようになってしまうのは、決して珍しいことじゃないと思う。ただ、そうした「みっともない」心理状態を自分で意識するのは難しい。この小説はそうした隠れがちな心理のありようを、するどくあぶりだし、描いてみせている。

本谷有希子という名前を演劇畑で聞くことはあったが、小説を読んだのは初めて。粘着的でありながらリズミカルでどこか風通しの良い絶妙の文体(町田康の文章をちょっとライトにした感じがした)、薄っぺらで自己満足的な絶望感というややこしい感情をリアルに描写できる力など、並大抵の実力ではない。これが26歳かそこらで書かれた小説だというのだから、まったく末恐ろしい才能である。