自治体職員の読書ノート・福祉版

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【218冊目】南木佳士「阿弥陀堂だより」

阿弥陀堂だより (文春文庫)

阿弥陀堂だより (文春文庫)

医師でもある妻、美智子の心の病を機に、郷里のさびれきった山村に帰った上田夫妻と、村の菩提をとむらう阿弥陀堂を何十年も守り続ける96歳のおうめ婆さん、おうめの言葉を「阿弥陀堂だより」として村の広報紙に載せている、重い病を患う若い女性の小百合の交流をゆったりと描いた小説。

都会で心を病んだ美智子が信州の自然の中で次第に人心地を取り戻し、小百合の病をきっかけに医療の仕事に立ち戻っていくところもよかったが、何よりおうめ婆さんの人柄がなにものにも変えがたい。ほとんど村を出たことがなく、何十年も阿弥陀堂で念仏をあげ、田畑を耕し、粗末な食事と質素な生活を続けているばかりなのだが、そのいささかぶっきらぼうだが謙虚で温かい言葉には大げさじゃなく心を打たれる。特にその言葉を小百合がまとめた「阿弥陀堂だより」は絶品。質素と謙虚を通した、人の生死を突き抜けた深い智慧を感じた。

また、本書の底のほうで静かに流れているひとつのテーマが「人の生と死」のこと。たくさんの村人を看取り、阿弥陀堂で念仏をあげながらも、自身は96年間生きてきたおうめ、逆にわずか24歳で、難病のため生死の境をさまようこととなる小百合、医師として人の生死の現場に立ち会い続けてきた美智子。特に、小百合を助けようとする美智代の奮闘ぶり、その中で美智代自身が生き返っていくところなど、小百合の治療にまつわる部分は本書のいわばクライマックスのひとつである。また、その中でひとり生と死の現場から離れている上田孝夫の孤独なすがたも印象的だった。しんしんと降り積もる雪のような、静かで心に沁み込むような作品。